なすが食べられるようになりました。

30代共働き庶民のサラリーマンです。ファッションや読書や映画や旅行やアウトドアなどについての覚え書き。

哲学は社会の課題に答えてくれるのか【読書感想】マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する


スポンサードリンク

本屋に行くと最近「哲学」に関する書籍が並んでいるなーと思うのは自分だけでしょうか。

 

その中で、今最も押されている人。

その名も「マルクス・ガブリエル」。

29歳でボン大学哲学科教授に就任した紛れもない「天才」。

 

今回読んだ本はそんな彼が、NHKの番組である「欲望の時代の哲学~マルクス・ガブリエル 日本を行く~」で語った内容を書籍化したものです。

 

 

 

 

※哲学に不慣れなため、メモが多すぎて、かなり要約してます。

 

1.民主主義、資本主義とは

本書の中で、マルクス・ガブリエルは民主主義についてかなり時間を割いて語っています。

自分自身も民主主義について深く考えたことはなかったなと…反省です。

個人的には、①主権が人民にあって、②選挙で代表者が選ばれる、③三権分立がなされていることといった程度にしか捉えていませんでした。

 

ここで本書では民主主義以下のように定義しています。

民主主義とは情報処理の特定の形であり、一つの制度であり、同時に人間の行動を組織化する方法です。しかし、現在の状況を見ると、民主主義を真実を得る方法だと思い込んでたり、うそつきの政府を暴く方法だと期待している人がいて、それが大きな混乱をもたらしている。

民主主義は基本的には官僚制度の一種である。~中略~ 善悪の彼岸にある法律制度にあっては、君が誰であるかなんて全く問題にならない。誰もが法律の支配下にある。それが民主主義の現代のイデアだ。法律こそが官僚制度の最上の原理だからだ。この場合、民衆は主役ではない。それに関して、投票することもできない。それは政党制や投票の以前のベースとなる骨組みなんだ。民主主義的な官僚制度は、選択的で人々が決めることができないという意味においては、民主的ではない。

しかし、これだけだはない。民主主義にはもう一つの層がある。価値制度、価値の体系だ。それは「自由」「平等」「連帯」だ。法律はある意味逆らうことができるものだ。ルールに従うのも、従わないのも「自由」だから。そして、「平等」も大事な概念だ。それが意味するのは、みんなにこの能力があるということ。僕らは「平等」に「自由」へと参加している。そしてそれは法律のルールに反映されなくてはならない。連帯とは、労働の評価とされたお金の一部が、公共のために取り上げられる。そして、僕はそれでよいと考える。それが、「連帯」が意味することなんだ。こうしたことに納得できることが民主主義の倫理の根本にある基盤だ。

 

んー、難しいですね。

民主主義には2つの機能があって、一つは法律であり、もう一つは「自由」「平等」「連帯」という価値制度の上に成り立っているということ(ですかね?)。

とくに「連帯」という部分はハッとさせられました。

具体的に言えば、福祉のために税金を支払うこと。そしてそのことがそれで「良い」と考えること。これが「連帯」であると。

つまり、民主主義に参加している以上は「連帯」を前提としているわけで、税金なんて払わない!という考え方はそもそも民主主義で共有される考え方ではないということ。

最近の潮流として、税金を多く払っている人(強者)であれば何をしても良い、税金を払っていない人(弱者)は切り捨てるべきだ的な考え方も割と出ている気がしていて、ハッとさせられました。

もちろん、そのお金の使い道(政治)については意見をすべきではあるでしょう。

 

また、民主主義は多数決ではないというのも響きました。

赤ん坊を殺すか否かで投票はしないだろう?何でも多数決できめられることが民主主義、そう考えることことが、混乱の原因だ。

自分も多数決は好きではないんですよね。

自分は多数決ってその場を納得させるためや対外的な説明が簡単になるというシステムだけで、最適な解が出るものだとは考えていません。

もちろん、議論をし尽くしたうえで決を採るのはやむを得ないかもしれませんが…基本的には得策ではないと考えています。

もちろん、決を得なかった少数派にしこりが残るということもありますしね。

ただ…実際、色々なところで最終的に多数決(特に議論をし尽くさず多数派の意見になるということです)で決めることがそれなりにあるなというのが実感としてあります。

これは、小さいころからの日本の教育の弊害なんでしょうか(日本以外が多数決で物事を決めているか知りませんが) 。

今度、機会があったら「多数決は民主主義じゃねぇ!」って言ってやろうと思います(どんな機会だw)

 

 2.日本人

結構面白いなと思ったのが、しっかりと日本人についても考察をしてくれているんですよね。

まあ、舞台が日本ということもあるのでしょうが、マルクス・ガブリエル自体日本に興味を持ってくれているんでしょう。

 

本書では、ドイツ人(マルクス・ガブリエルはドイツ人です)との比較における日本人の道徳観念をこのように語っています。

道徳的行為というものは客観的な判断ではなく、主観的な判断で有無を言わさずに行うべき、しないという選択肢はないという考え方をドイツ人は持っている。それに対して、日本人の場合は客観的な面を気にしたうえで、体面を保つための道徳的行為だったりするのかもしれないね。

これはちょっとグサッと来るところがありましたねw

結構その通りだなと。

例えば、電車で人に席を譲る時によっぽど老人が弱々しいとか妊婦さんであったりとか出ない場合、微妙な年代の年配の方とかに譲る時ってまわりの目というか体面的なのを気にしている自分がいるなあとw

このあたりは日本の良くない点でもありますよね。

 

どうなんだろう?昔(自分が小さいころ)はもっと〇〇しなければならないと意識が強かったような気がします。

それは、価値観が多様的ではないという側面もありますが、単純に先生や親の言うことが絶対(特に疑おうとも思わなかった)だったからじゃないかなと。

今はインターネットやSNSなどで色々な考え方があるので、「すべきだ」という判断に至る前に色々なバイアスがかかってしまうんですかね。

まあ、このあたりの考え方が既にガブリエル先生に言わせると、相対主義的だとなりそうですが…w

 

さて、本書ではさらに日本の「おもてなし」文化にについても以下のように述べています。

日本の多くの、もてなしなどに対するステレオタイプは、明らかに資本主義の本質に関係している。日本のもてなしなどの文化が他のアジア、ヨーロッパの国々と実はそう違わなかったとしても、そうした「紋切型」のイメージをマーケティングに使う。日本にはたくさんの文化がある。「日本の文化」などという単一のものはない。だが、完全なる「もてなし」や「奉仕」「服従」などのイメージを作り上げれば、人々は文字通りそのイメージを買う。

これもねぇ…ちょっと考えさせられるところだなと。

デービット・アトキンソン氏の「新・観光立国論」で述べられていたことでもあるんですが、日本の「おもてなし」は果たして本当に「おもてなし」となっているかということ。

日本は「おもてなし」が凄い国だよ~と言ってはいるんですが、実際にはどうでしょう。

確かに、日本のサービス・商品・食などの質の高さは高いと思います。

ただ、海外旅行をしていて、他のアジアの国だってチップはないけど笑顔で対応してくれたりしますよね。

気持ちよくサービスを受けられるところも多いのではないでしょうか。 

他のアジア以外の諸外国においてもチップの有無はあれど、十分な「おもてなし」を受けられるのではないでしょうか。

もちろん、そういった中で日本の「おもてなし」のイメージを作り上げる広告代理店などのマーケティングの能力は素晴らしいと思います。 

まあ、ここからは実際に海外の人に満足してもらう「おもてなし」文化を醸成していく必要があるでしょう。

「新・観光立国論」についての感想

www.nasutabe.com

 

あ、でも余談ですがこの前モロッコに新婚旅行で行ったときに。

ナルト好きのモロッコ人から「日本人はちゃんと並ぶし、礼儀を重んじるから大好きだ!」って言われたので、そういったところは日本人の素晴らしいところの一つだと思いますw

 

3.日本と民主主義

この本では、日本は民主主義に逆らっているように見えると書かれています。

まあ、日本名は世界で一番成功した社会主義と揶揄されていますからねw

 

ヘーゲルは、権利-法律のルールの基盤である権利は、自由意思によって与えられるはずだと考えた。自由意思を尊重する。それが権利の概念の根本だ。だから、民主主義的な社会が欲しければ、ほかの人たちに多くのスペースを空けなければならない、ということを意味する。多くの独立性を保証しなければならない。その意味で必要なのは、日本にはとても締まったソーシャルネット、社会的な網がある、だから、君が動けるスペースは非常に限られている。そしてそこから抜け出せば、基本的に、社会でのメンバーシップを失う。そして人々は、それを恐れる。それは、まさに日本の社会における非民主主義的な要素だ。僕が思うに、それは、度合いの問題だ。日本の色々な場面で見る社会的な密度の濃さ、制約があったとしても、その理由を「民主主義的な未熟さ」に求めるのは、僕は適切ではないと思う。~中略~ その現象はまさに非民主主義的な要素だと思う。そして非民主主義的な傾向をもつ現在のこのシステムが、日本社会のその要素を正確に用いていることは明らかだ。これが、日本の社会が民主主義に逆らっているように見える原因だ。 

 

これは、日本社会をわかりやすく伝えているなと感じます。

例えば、小さいところでいうと仕事における服装について。

最近はだいぶ緩くなってきたのかと思いますが、日本社会では仕事での服装はスーツ(シャツとスラックス)が基本とされているし、髭もNGとされています。

でも、実際にスーツでなければいけない職種の人たちってかなり限られていると思うんですよね。

個人的には偉い人たちだけスーツで、社外に出ないときなんかは別にスーツである必要はないんじゃないでしょうか。

特に夏場の営業マンなんてTシャツに適当なパンツで十分ではと。

それでも、「同調圧力」からスーツ(ワイシャツやポロシャツ)着用をどこもやめないですよね。

このあたりの「同調圧力」は、トップの人達が率先して変えていって欲しいと思います。(個人的にはスーツスタイルは好きなので、服装自由になっても週に2日ぐらいは着用したいですがw)

 

こういった「同調圧力」は民主主義においては悪いことであり、日本が民主主義国家である以上は改善すべき点でありますし、大きな問題として捉えていかなければならないのではないでしょうか。

 

ただ、一方で感じるのは今回の「コロナ騒動」において、同調性というか規律的な国民性というのは吉と出たというように感じられます。

今回、政府の対応について賛否がありますが、それ以上に国民一人一人の意識的な予防対策といったものが優れていた結果、あまり拡大していないように感じられます。 

 

4.まとめ

さすが、哲学界のロックスターという感じでした。

日本社会及び日本人の特殊性について的確に捉えているなという感想でした。

こういった外国(外国人)から見る日本の改善すべき点といった意見については素直に受け入れ、よりよくなるように改善していき、生きやすい社会にしてきたいですよね。

ちなみに、SNSの使用についても述べられており、マルクス・ガブリエル氏は割と否定的(告知のみに使用すべきという意見)であったことに少し驚きを覚えました。

個人的には、SNSについては議論の場としては微妙だけど、踏み込んだ新しいコミュニティの場として期待はしている(ちなみに自分は、SNSをほとんど利用していないけどw)。

というわけで、長々と書いてきたけど、本題の「新実在論」についての読書感想は次回の記事で書こうと思います。